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スソアキコ×BUH Talk:04

スソアキコ

スソアキコさんのでき方

昔話や神話に内在する「ホラー」な要素、そしてかつて家のまわりにあった「闇」に惹かれながら大人になったスソさん。金沢美大卒業から資生堂勤務ののち、独立されたタイミングでふたたび自分の趣味嗜好に立ちもどり、ついに古墳に出合いました。インタビュー最終回では「古墳の見方」について掘り下げます。

 

Talk:04 デザインと古墳の関係


 

 

古代には「デザイン」の根本がたくさんある

 

【 BUH 】:では選んでいただいた本に話を戻しましょう。

 

【ス ソ】:これ。「日本の考古ガイドブック」て言って。すごくなんだろう、大人の教科書みたいな感じで、わかりやすいんですよ。

 

 

【 BUH 】:本当に教科書風ですね(笑)

 

【ス ソ】:考古学は年々発掘によって事実が更新されるので、そういう意味ではちょっとこの本は保守的で、事実がすぐに反映されるわけではないのですが。古代って、わからないことが多いからこそ、いろんな人が推測の範囲で自分の意見を書いた本がとても多いんです。その意見が時としてけっこう過激だったりするので、バランスをとるためにこの本に戻る。本当にわかってる事実だけを、客観的に記しているので目安になるんです。
現代って、私たちが小学校くらいで習った、縄文時代と弥生時代の定義自体も変わりつつある。今の子どもたちは私たちとは全然ちがう歴史を習っているかもしれません。

 

【 BUH 】:へえ。

 

【ス ソ】:昔は単純に、稲作やったから弥生時代なんでしょ、という感じだったんだけど、稲作を始めた時期が地域によってかなり時差がある。場所によって700年ぐらいの差があるので歴史上の定義はむずかしいですよね。とはいえ、そういうことを理解しようとして好きになったわけではないのに、専門的にならざるを得ない部分もある。学者によって意見も違うし。ややこしいなって思うことも多いかな。

 

【 BUH 】:でも、こうやって空撮の絵(下図)を見てると単純にわくわくしますね。

 

 

【ス ソ】:そうなんです!なんでこんな形なの、とか。巨大だから、ものすごい大変な土木事業だったのかな?とか。

 

【 BUH 】:古墳って結局はその集団の長が自分の力を誇示するために作ってるんですよね。

 

【ス ソ】:たぶんそうです。あとは、お葬式をどうとりしきるかというのはすなわち仲間意識につながるんです。「大和朝廷」って実在したのかとかどこにあったのかって議論になっていますが、葬儀のしきり方が「どこまでが仲間」かという主張にもつながるんですね。狩猟生活をして移動している時代には、人が死んでも放置していたかもしれませんが、定住生活のなった縄文時代に人が死ぬと、土に埋めますね。貝塚に埋められた人もいれば、家に埋められた人とか村の端っこに埋められた人もいるかもしれない。けれど弥生時代になると身分差ができて、誰かのお墓を特別におっきく作るという考え方が生まれた。その考え方はもしかしたら大陸からやってきたものかもしれないし、最初はごく一部の人しかやらなかったかもしれない。
けれど、あの人と自分は仲間だから、彼らがそうしたからうちもそうしよう、っていう同盟的な考えが、古墳というかたちに出たのかもしれないなって思うんです。例えば、アイヌが古墳みたいなものを作らなかったとしたら、アイヌの人たちの死に対する考え方は、大和朝廷の人たちとは違ったということになる。

 

【 BUH 】:なるほど。日本のベーシックな根源がアイヌにあると仮定すると、古墳というのは大陸からきた考えがルーツかもしれないですね。

 

【ス ソ】:いろいろわかっていない点も多いんですよね。たとえば、「埴輪」。生前成し遂げたことを見せたかったのか、それとも葬式の行列を表してるのか。それとも死後の世界を表してるのか。ひとつ言えるのは埴輪に何か思いを込めたっていう一つのスタイル。それをみんな真似したいうのは、死生観に共感し、文化を共有したっていうことになりますよね。そして古墳の発展って、日本独自なんです。時代とともにだんだん大きくなる感じとか。日本人て徐々に大きくしてくのが好き。

 

【 BUH 】:そうなんですか(笑)

 

【ス ソ】:あと一方で、ミニチュアを作ることも好き。古墳にはその気質が現れてるなぁと思います。

 

【 BUH 】:たとえば中国とは全然ちがう?

 

【ス ソ】:そうですね。例えば鏡。卑弥呼は鏡を多用したと言われますが、鏡も日本独特なんですよ。棺桶にたくさんの鏡を貼り付けたり、そういう風習は中国では無い。これもまた最初は1枚だったのかもしれないけど、誰かが「増やせ」っていって徐々に増えていったのかもしれない。「30枚はどう?」「え、100枚でしょ」みたいな。そうやって極端になっていくのがすごく日本人らしいなって思います(笑)

 

【 BUH 】:(笑)

 

【ス ソ】:あとたとえば、ゴボウラ貝っていう南方で取れた貝があるのですが、切断の仕方によってはすごくおもしろい形になる。それを腕輪にして王様が権力を誇示するために使った。それを持っていること自体が権力の証だったわけです。でも持ってない人は金属で作るんですよ。石とか。それを鍬型石って呼んでいるんですけどね。

 

鍬形石
(参照)東京国立博物館 日本の考古学ガイドブック 鍬型石

 

【 BUH 】:この形に?(笑)

 

【ス ソ】:それがめっちゃくちゃ精巧にできている。1人のお墓にいれるものとして出土する量も異常じゃないですか。そういうのもなんかすごく日本人だなって。どうしても欲しくてコピペするっていう。あとはミニチュア。本当に小さいものをたくさん作って、古墳に入れた。
そういう風習は中国ではなかったですからね。「デザイン」の考え方の根本にあるものが、古代にはたくさんある。だから見ていると楽しい。

 

【 BUH 】:形って気になりますか?

 

【ス ソ】:形より、どうしてその形にしたかったのかなぁという思いが気になりますね。例えば「銅鐸」。最初に中国から来たのはすごく小さいサイズ(12センチ)のものだった。鳴らすという機能がもともとあったんですね。それが、日本でだんだん大きくなって、最大134.7センチくらいになっていった。(滋賀県野洲市から出土したもの)装飾がどんどんすごくなっていって、鳴らす部分はなくなっていったと。出土するものは青銅で錆びていますが、つくられた当初は黄金色できらきらしていたんです。ただ実際どう作られたかは未だにわかっていない。

 

石川県の誇りは赤いパンツの土偶!?

【 BUH 】:そういう考古学への考え方と、デザインの仕事って通ずる部分はありましたか?

 

【ス ソ】:考古学の人たちがつけるネーミングがものすごく違和感を感じる時はありますね。私は作り手側の気持ちに立つから、その名前のつけ方はなんか違うんじゃないかなぁって思うことが多い。研究者の人というのは、以前発見されたものに対して、新しく出てきたものはこうじゃないか、っていう資料を整理するための考え方として名前を付けたりするわけです。相対的ではなく、これそのものにはもっといい名前のつけ方があるんじゃないかな?と思うことはよくありますね。
デザインでいうと、博物館とかに行った時に、大事にされてるものや目玉、考古学的価値が高いものがどーんと展示されていて、そうでないが造形的にすぐれているものが隅っこにあったりする。自分はこっちのほうが好きなのに、とか(笑)

 

【一 同】:(笑)

 

【ス ソ】:これをもっとアピールすればいいのに、ってことは、まぁよくありますね。

 

【 BUH 】:わかりやすい例なんかあります?

 

【ス ソ】:石川県の土偶って、赤いパンツをはいてるものがるんです。パンツの部分だけ赤く塗ってある。たぶんベンガラとかで着色してると思うんだけど、それがすごくセンスのいい土偶なんです。どうしてこれ、石川県の人アピールしないの?九谷焼の前に赤いパンツの土偶出して!って(笑)

 

【一 同】:(笑)

 

【 BUH 】:どこにあるんですか。

 

【ス ソ】:石川県立埋蔵文化財センター。古代の石川県って、おもしろいところなんですよね、大陸との付き合い方とか。他の日本海エリアとかだと韓国とかじゃないですか。石川県の場合は渤海国。羽咋のあたりが、韓国より北の国と交流していたようなんです。文化の窓口になって、奈良の方面に対して報告する役割を担っていたとか。

 

【 BUH 】:加賀はどうなんですか?

 

【ス ソ】:加賀はね、手取川から北の金沢側に対して、南の能見・小松側は福井と一体なんです。文化的には。小松の駅前周辺には弥生の拠点集落、八日市地方遺跡(ようかいちじがた)というのがあります。金沢の中心地には戦国時代で拠点になるまでは何もなかったかもしれない。あと、小松周辺の白山の麓の山々から、石がものすごく豊富にとれたんですね。それと渡来人が来た影響を受けて、焼き物の技術が進んでいったんです。

 

【 BUH 】:それが九谷に繋がってる?

 

【ス ソ】:すごく繋がっています。さきほどの話の鍬型石の腕輪は、小松の石が加工されて全国各地に普及したっていう可能性があるんです。今まで「謎の緑の石」だったのですが、実は小松産なのでは?ってことに。

 

【 BUH 】:小松産(笑)

 

【 BUH 】:では再度本の話にもどします。「ルーツ」という本。

 

 

【ス ソ】:父がこの本に最初ハマったんです。私の旧姓『山』の苗字に対して、父が「珍しいからもっとちゃんと調べよう」って言い始めたんです。お寺で過去帳を調べて、江戸時代末期までの家系図ができたんですね。

 

【 BUH 】:すごい!

 

【ス ソ】:そしたらわかったんです。百姓だったということが(笑)

 

【 BUH 】:残念(笑)

 

【ス ソ】:ずっと松任(現在は白山市)にいたということがわかって、松任の百姓なんだけど、周りの人よりもちょっとぽこっとしたところの土地を持ってたってそれだけだったらしい。それで「山」です。

 

【 BUH 】:(笑)

 

【ス ソ】:それがわかって、こんなの調べなきゃよかった、ってすごい言いましたね。

 

【一 同】:(笑)

 

【ス ソ】:父は割と神社とかお寺が好きで、自分もそういうルーツを辿りたいっていう感覚は父の影響を受けているかもしれませんね。

 

 

古墳時代は解釈が自由だから夢中になれる

【 BUH 】:たとえば最初に火焔土器を見た時に、「古代のものだ」って距離を置いちゃうと、客観的に見てしまうんだろうけど、スソさんは自分もものづくりをしている人だから、「なんでこういう形にするんだろう」って気になる。表現者として、そういう風に見れたことからすべて今につながってるんでしょうね。一方で私たちのようなデザイナーには「客観的にものを見る」ことも必要ですよね。

 

【ス ソ】:むしろデザイナーって対象物を遠ざけて見なきゃいけない。冷静さが必要。でも自分がデザイナーじゃなくなると、そこに対して無邪気でいられる。これはストレスがすごくなくなります(笑)

 

【 BUH 】:私たちはすごく背景を考えてしまいますよね。

 

【ス ソ】:職業として大切なことですよね。冷静に見るっていう。

 

【 BUH 】:そうすると、そこまで入り込めない。うわー、すげー、この形綺麗、とか、この傾斜すごい、とか。そこまで行けないというか。

 

【ス ソ】:その観点でいうと、古代ってわからないことが多いじゃないですか。だから背景を知るには、自分がいろんなものを、集めないと誰も結論を見せられる人がいない。そういった意味で推理の余地が残ってるから、夢中になれるのかもしれない。

 

【 BUH 】:なるほど。

 

【ス ソ】:仏教以降とかだと、作り手の思いや、その造形的な傾向を、解説してくれる人が現れる。でも、古墳時代以前て、それが未だに誰もわからなくて、だから自由なんですよね。自分の解釈が。

 

【 BUH 】:謎であればあるほど楽しいわけですね。今の時代、ネットでなんでも調べられちゃうけど、こればっかりはわからない。自分で考えるしかないってこと今はそう多くないですから。

 

【ス ソ】:そう、いくらグーグルマップで見ても、当時のことは体感できないから。その場所に行ってみないとわからない。

 

【 BUH 】:そっか、それはやっぱり、古墳の良さでもあるんですね。

 

【 BUH 】:では、これから古墳を知りたいという人への入門書というか、この本を読めばっていう本を教えてください。

 

【ス ソ】:土偶が好きな人は「土偶コスモス」。これは今までの土偶の本の中でベストですね。ちょっと前に国立博物館で縄文展があって、その時のカタログも良かったんだけど、それ以上に情報量が詰まった一冊になってて、これ以上の本作るのしばらく無理じゃないかなっていうぐらいいいです。

 

 

【ス ソ】:あとは「日本神話の考古学」とか「古代史の窓」とか「古墳」。森浩一さんというのが偏りのない素晴らしい考古学者で、この方の書いてる本はどれもおもしろいですね。

 

 

【ス ソ】:あとはやっぱり諸星大二郎の「暗黒神話」。

 

【一 同】:(笑)

 

【ス ソ】:暗黒神話は、絵が女性にはすっごい人気なくて、部屋に置いときたくないとか、絵がもっと上手だったらいいのにとか不評なんです。でも男の人にはすごく評判がいい。とにかく暗黒神話はみんなに読んでもらいたいですね。あとは「古事記」ですね。

 

 

【ス ソ】:やっぱり古事記はおもしろいです。あと歴史が好きだったらこの日本史年表もすごくおもしろいです。「日本史年表・地図」。日本の時代と世界の時代の年表がずっとあるんですよ。ちょっとした時に、日本のこの頃って、エジプトではどうだったの?って思ったりするときにすぐにわかる。

 

 

【 BUH 】:ちょっとした時ってどういう時ですか(笑)

 

【ス ソ】:歴史ものの漫画を読む人とかには便利だと思う。たとえば三国志とかね。

 

【 BUH 】:なるほど(笑)

 

【 BUH 】:では残りの本たちは実際に、Books under Hotchkissにお越しいただいて見てください、というわけでスソさんのインタビューはおしまいです。
 
そしてみなさんもぜひ、古墳に足を運んでみてくださいね~。
 
 
取材:Hotchkiss 水口克夫/金子杏菜
 
編集:Hotchkiss 鈴木麻友美

スソアキコ

帽子作家/イラストレーター
石川県生まれ。東京在住。金沢美術工芸大学商業デザイン科卒業。資生堂宣伝部を経て、帽子デザイナー平田暁夫氏に師事し、1991年よりフリーランスとして活動。2001年より2009年まで美術同人誌『四月と十月』に参加。同人仲間と古墳部活動を行い同人誌に連載(10回で終了)。2007年頃より「ひとり古墳部」を開始し、2008年よりウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』にて連載を開始する。
http://www.1101.com/kofun/ http://www.suso.biz/