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スソアキコ×BUH Talk:01

スソアキコ

スソアキコさんのでき方

BUHの展示のvol.4は帽子作家でイラストレーターのスソアキコさんの脳内をのぞいちゃいます。スソさんは、古墳をこよなく愛してらっしゃって「ひとり古墳部」という活動をされています。なぜ古墳を愛するのか、どういう発想の源泉から様々な作品ができるのか、お話をうかがいました。

 

Talk:01 ホラー好きの文学少女が古墳を愛でるまで

 
 


 

娯楽のない金沢で図書館の本を読み切る文学少女

【 BUH 】:スソさん、きょうはよろしくお願いします。スソさんは「須曽」さんなんですね。初めてお会いする苗字です。
 
 

【ス ソ】:そうなんです、結婚を機に苗字がかわりまして、実は旧姓は「山」なんです。なので、まわりからは「ヤマ」って呼ばれています。

 

【 BUH 】:(笑)スソさんはここ金沢ととても縁が深いんですよね。石川県内灘町のお生まれで、BUHの中の人=Hotchkiss代表水口とも同じ金沢美術工芸大学のご出身。資生堂でデザイナーとしてご活躍ののち、フリーランスとしてイラストレーターそして帽子作家としての活動を始められました。今は東京にお住まいだそうですが、どうですか金沢は?

 

【ス ソ】:なんというか金美卒業生で集まったりつるむみたいなのに実はあんまり参加してなかったりするんです(笑)けれどやっぱり金美を中心にしたコミュニティってあって、そのつながりで仕事をもらったり一緒に展示をしたりということはありますよね。

 

【 BUH 】:そしてスソさんにも本を100冊、選んでいただきました。どうでしょう、改めて選ばれたリストを眺めるのは(笑)

 

【ス ソ】:自分の読んできたものを振り返るのって、ちょっと照れくさいですよね。ただ今回、ちょっと古代よりにまとめたというか、古代ではない、暗い文学作品などはやや飛ばしたのです(笑)どうしても古代が好きで、そこに繋がる、通ずるものを無意識に選んだ感はありますね。改めてみると、「旅」「古代」「死」「ホラー」に寄ってますねぇ。

 

【 BUH 】:文学少女だった時代があるわけですね。

 

【ス ソ】:文学少女でもないけど、結局金沢って他に娯楽がないから。

 

【一 同】:(笑)

 

【ス ソ】:娯楽も無いし、冬は寒い。外は寒いから、家の中で本を読むのが好きだったんじゃないかなあ、と。移動図書館とかも回ってきましたしね。

 

【 BUH 】:移動図書館!いいですねえ。

 

【ス ソ】:学校の図書室の本は、読み切ってしまっていたので。

 

【 BUH 】:それはまぎれもなく文学少女じゃないですか。ということは図書室の貸し出しカードにはすべて「山明子」って書いてあるわけだ。

 

【ス ソ】:むしろそれが目標で棚の端から端まで読んだんです。そのあともちろん図書委員にもなって、そして図書委員長ですよ。

 

【 BUH 】:すごすぎる…。想像をはるかにうわまわる超文学少女ですね。

 

【ス ソ】:移動図書館がまわってくるのもとても楽しみでしたね。

 

【 BUH 】:貸本屋は行きました?っていうとまた中の人の年齢がバレますが(笑)

 

【ス ソ】:なかったです、時代じゃなくて土地のせいかも。そもそもが、大きな本屋さんもなくて、親が本屋をやろうとした時期もあったんです。近所に新しい町と商店街ができることになり、「じゃあ、そこで本屋をやろうか」という話を始めたら、大きな本屋が進出することになっていると聞いて止めになった。まあ、大きいと言っても今考えたら町の普通の本屋さんなんですが。もうちょっとで本屋の子どもになるところでしたね(笑)逆に貸本屋って金沢にあったんですか?

 

【 BUH 】:平和町にありましたよ。僕は家が古府の方で田舎なので、学校帰りにわざわざ貸本屋に寄り道していましたね。

 

【ス ソ】:あぁ、古府の方は何もなかったですよね。遺跡はあるけど、本屋は無かった。

 

【一 同】:でました、遺跡(笑)

 

【ス ソ】:あの一体は、縄文集落から弥生集落の遺跡があります。古府遺跡というのもあります。御経塚、野々市、古府、あのあたりはずっと遺跡があるんです。

 

【 BUH 】:それはそれは(笑)

 

【ス ソ】:ぜひ行ってください(笑)

 

【ス ソ】:話は戻りますが、私は小さい時運動神経が悪かったんです。ちょっとのろま系で、そうすると文学少女方向しかないわけです。

 

【 BUH 】:ご両親の影響もありますか?

 

【ス ソ】:うちの親はちょっと偏っていて、父はどうやら松本清張が好きだったようですね。だから私は子どものころから「点と線」とか読んだりして。基本的な日本文学シリーズみたいなものはあったはずだけど、そんなに多くは無かったと思います。

 

 

絵との出合いは、「やっちゃだめ」がやりたい

 

【 BUH 】:では、デザインという道、そして美大を目指そうと思ったのはいつですか?

 

【ス ソ】:5歳上の兄がいるのですが、兄は絵が上手かったんですよ。近所に油絵画家が2人住んでいて、そのうちの一人はたぶん売れてない風の油絵画家で(笑)うちの親がその人をなんとか救済しようとして、子供を集めて絵画教室がはじまったのです。むりやりですね。

 

【 BUH 】:親御さんのバイタリティがすごいです。

 

【ス ソ】:兄がまずその絵画教室に通って、もともと絵がうまかった兄はそれでよく小学校の写生会で賞を獲ったりしたのです。私はそれがすごく悔しくて。それで、その絵画教室に付いていってたのが「絵」との出合いのきっかけですね。そうして習っていると写生会で賞を獲ったりするじゃないですか。兄は勉強もできたので、絵はすぐにやめちゃったのですが、私は勉強もそんなにできなかったので、「将来は絵でなんとか」っていう気持ちがふつふつと….。

 

【 BUH 】:え!小学校の時から!?

 

【ス ソ】:そうなんです。

 

【 BUH 】:それは読む本にも現れてたりしましたか?

 

【ス ソ】:そうですね、いちばん最初に自覚的に読んだ本がこの「ゆきのひのうさこちゃん」。幼稚園のときに初めて買ってもらった本です。私、とてもうれしくて、幼稚園に自慢しに持って行ったのです。ただ、これって「うさこちゃん」シリーズの中でも白い余白部分がとても多くて、友達が「白くてつまらない」って。

 

 

【 BUH 】:(笑)

 

【ス ソ】:それで私、色を塗ろうって言ってその絵本に、ブルーナさんの絵にですよ?色を塗っちゃったわけです…。そしたら、それを知った母が激怒ですよ。「素晴らしい絵に、こんなことをするような子にはもう絵本を買ってあげない!」と言われてすごいショックを受けて。もしかすると最初に「絵」を意識したのはその体験かもしれません。で、うちはぬり絵禁止だったんですよ。

 

【 BUH 】:なんででしょう?

 

【ス ソ】:当時、ぬり絵が大流行していて、幼稚園行ったらみんなぬり絵してたわけです。でも、うちの母はちょっと変わっていて、「ぬり絵をするとダメになる」って。私は私で、禁止されるとなんとかしてやりたい気持ち強くなって、なんか当時絵が描いてあるティッシュペーパーが流行っててですね、それにこっそり、ぬり絵してました(笑)とにかく一生懸命にティッシュにクレヨンで。
 
だから、禁止されたとか怒られたっていうトラウマが最初にあったのが結構大きいかもしれない。その後、マンガも「人間がダメになる」って禁止されたのです。もちろん、ものすごくマンガを読みたいって気持ちが強くなる。で、当時習字を習っていた公民館に置いてあるマンガたちを隠し読みましたね。ただ残念なことに、その置いてあるマンガっていうのがものすごく偏っててホラーばっかりだったのです。

 

【 BUH 】:(笑)

 

【ス ソ】:多分誰かが寄付したのだと思うんだけど、それですごくホラー好きになってしまったんです。楳図かずおとかつのだじろうとか好きでしたねえ。あとは床屋さんに置いてある週刊少年ジャンプとかも隠れて読み漁りましたよ。

 

【 BUH 】:じゃあ、禁止されたり見えないものに神秘を感じて、そういうものへの思いが強くなる幼少期を過ごしてしまったわけですね。

 

【ス ソ】:「禁止されたこと」の影響(笑)あとその油絵画家の存在も大きかったと思う。私、家族の中ではダメな存在で、勉強も大してできないし、まあ絵だけ好きだったら絵でなんとかなるといいなと漠然と思っていた。習字は写す「コピー」的な概念だから上手くなったけれど、普通に字を書くのは下手という壁にもぶちあたり、私事務系にも行けないのか…、と思ったり(笑)

 

【 BUH 】:すごい子どもですね。

 

【ス ソ】:子供なのにすごく将来に悩んでました。「お前はだめだ」と言われ続けてたから。
 
あ、そうそう、この「ももいろのキリン」っていうのが主人公の女の子とキリンが旅をする話なのですが、雨に濡れるとキリンの色がはげちゃうんです。それを、女の子がクレヨン山に連れて行ってクレヨンでキリンに色を塗ってあげて色を取り戻すんです。その話がとても気に入ってました。思い出深い本ですね。まあ色を塗るっていうことがとにかくしたかった。

 

【 BUH 】:禁止されてましたからね(笑)

 

ももいろのきりん_3

 

ホラーと闇が教えてくれたこと

 

【 BUH 】:神話系の本も多いですねぇ。小さい頃から読んでいたんですか?

 

【ス ソ】:祖母がたまにうちに遊びに来て、祖母はお話をするのがとても上手だったのです。地元に伝わる昔話を、本を読むというかたちでなく、ソラで話してくれる。

 

【 BUH 】:語り部ですね。

 

【ス ソ】:そう、それで昔話や神話に興味が沸いて。小学校の図書室とかでも、神話的な昔話とか民話を読むのがすごく好きでした。最近日本のホラーな話をまとめた本を読んだのですが、祖母が話してくれたお話が現代版に変わってたくさん載ってたのがおどろきでしたね。祖母は、いろんな人から伝え聞いた昔話をしてくれていたはずなのだけど、現代になると場所や職業が変換されていたり。神話や昔話が「ホラー」としてくくられていることもびっくりでしたね。「むかしむかしお百姓さんが」という話が「サラリーマンが」になっていたり、でも内容は全く同じ、その肝になるところが変わっていない。あぁ、こうやって時代によって怖いお話って変換されていくのだなって思いました。でも神話、ちょっと怖いところがあったりとか、しっちゃかめっちゃかだったり、考えられないようなことが起きたり、切ったり壊したりとか平気でするじゃないですか。

 

【 BUH 】:たとえば?

 

【ス ソ】:首が8本ある蛇が出てきたりとか、その首を切ったらその中から刀が出てくるってそんな馬鹿みたいな話をすごく真面目に語ることが多いでしょ?死んでいるものが生き返ったりもする。そういう世界観がすごく好きだったのです。現実には起き得ないことが起きちゃう世界、それが気に入ったんだと思います。

 

【 BUH 】:そうするともしかして、空想癖があったり?

 

【ス ソ】:それがあまり。空想も妄想癖もない気が。

 

【 BUH 】:ただ単にお話として面白くてそのワールドにハマるっていうこと?

 

【ス ソ】:よくそこから自分の妄想に走って自分のお話を作る人っているけど、私はお話が全く作れないから漫画家になれなかったんだと思います。

 

【 BUH 】:僕も漫画家志望だったからその気持ちわかります(笑)

 

【ス ソ】:何読んでたんですか?

 

【 BUH 】:ジャンプとチャンピオン、恐怖新聞はもちろん。

 

【ス ソ】:自分に新聞が届くんじゃないかって思っていませんでした?

 

【 BUH 】:もちろん。いや〜怖かったですね。怖いけど読んでしまう。昔の話、たとえば「うしろの百太郎」とか今の怪談より怖かった気がするんですよね。

 

【ス ソ】:そう、世の中というか身のまわりの世界が「暗闇」が多かったんです。田舎だったからまっくらな所もいっぱいあって。

 

【 BUH 】:家の中だって暗かった。

 

【ス ソ】:闇が怖いという恐怖心は、確実に今より強かったですよね。

 

【 BUH 】:ほんとそうですねえ。

 

【 BUH 】:闇であったり見えないものへの想像力って、子ども心にもすごい影響を与えたんでしょうねえ。では、絵に興味をもったスソさんが、どういう青春時代を過ごして行ったのでしょうか。美大進学のお話など、次回のインタビューでうかがいましょう。

 

取材:Hotchkiss 水口克夫/金子杏菜

編集:Hotchkiss 鈴木麻友美

 

スソアキコ

帽子作家/イラストレーター
石川県生まれ。東京在住。金沢美術工芸大学商業デザイン科卒業。資生堂宣伝部を経て、帽子デザイナー平田暁夫氏に師事し、1991年よりフリーランスとして活動。2001年より2009年まで美術同人誌『四月と十月』に参加。同人仲間と古墳部活動を行い同人誌に連載(10回で終了)。2007年頃より「ひとり古墳部」を開始し、2008年よりウェブサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』にて連載を開始する。
http://www.1101.com/kofun/ http://www.suso.biz/