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アニメーション実験室インタビュー

冠木佐和子/姫田真武/水江未来

私たちのアニメーション【前編】

今回のBUHインタビューはアニメーション実験室。参加作家のお三方にお話をうかがいます。
みんなのアニキ的な存在の水江さん。若手ながら独特の世界で国内外からの評価も高い冠木さんと姫田さんです。

「じゃない方アニメーション」

【 BUH 】:みなさん、金沢は来たことありました?

 

【姫 田】:僕はあります、お寿司がおいしすぎましたね。

 

【冠 木】:私も近江町市場でお寿司食べました。

 

【 BUH 】:最近は、お寿司のためだけに金沢に来る人も多いですからね。

 

【水 江】:僕の金沢のイメージは、のどぐろとゴーゴーカレーですね(笑)

 

【 BUH 】:わかりますわかります。
さて、みなさんが作ってらっしゃるアニメーションのことを「インディペンデントアニメーション」って言うと聞きました。確かに「アニメ」って言うと、いろんな選択肢がありますよね。

 

【水 江】:本当は、「アニメーション」って言い切っちゃうのが理想ですけど。

 

【 BUH 】:10年ぶりに会った親戚のおばちゃんとかが「あのなんか女の子とか出てくるやつ?」って方向を想像しちゃったりしますよね。そういう場合はどういう風に説明を?

 

【水 江】:うーん、あきらめますね。

 

【 BUH 】:あきらめる、と。

 

【水 江】:なかなかやっぱり一般の人ってイメージを持ってもらえないですからね。「あーアニメーションやってます」って言ったら「ガンダムとかですか?」とかって、「まあそのガンダムとかじゃない方の」と。で「あっ!じゃああれですねディズニーとかの」「いえ、ディズニーじゃない方の」ってずっと、じゃない方じゃない方って言って。「じゃない方アニメーション」って言ったほうが良いんじゃないかって。

 

【一 同】:(笑)

 

【水 江】:みんなでイメージ持ってるものじゃないアニメーションって言う。みんなが知らないアニメーションとかね。「どんなアニメーションやってんですか?」「あなたがまだ知らないアニメーションです」って。「ミステリーゾーンへようこそ」って。
知られていないジャンルやみんなのイメージが無いものってマイナスに捉えがちなんですけど、それが逆にセールスポイントになるかもしれないと思います。

 

【姫 田】:さすがだなー。

 

【水 江】:でも実はね、そのインディペンデントのアニメーションってそんなに珍しくないんです。例えば映画でも、あのスターウォーズもインディペンデント。ジョージルーカスのお金で全部作ってますからね。それで言うと新劇場版のエヴァンゲリオンもそう。だから意識の持ち方ですね。サラリーマンだってインディペンデントみたいな働き方があると思います。「自分の最終決定権を自分が持った中でモノを作るっていうことをやっている人達」ってことです。

 

【 BUH 】:なんとなく今世の中の人の流れも、そういうのが良いなって思ってる人が増えてるかもですね、ファッションも、本や雑誌とかも。ちなみにお互いの作品を知ったきっかけとか感想って覚えてます?

 

【冠 木】:水江さんの作品を知ったのは、大学3年の時、水江さんが多分大学院の2年生です。

 

【水 江】:ぼくも冠木さんを知ったのが彼女が3年の時。最初に見た彼女の映像は今の作風に通ずる線画のアニメーションで。おもしろいのですが、途中で小ネタ挟むんですよ。せっかく良かったのに小ネタが出てくると変なパロディ感がでるから、そういうのやめたほうがいいよってその時言ったと思う。
で、1年後に卒業制作見たら、やっぱり小ネタを使ってきたんですよ、海原はるか・かなた一瞬出したでしょ(笑)

 

【冠 木】:あー、確かにそうですねー、そういう癖ありますね。

 

【水 江】:出てくる意味がわからない

 

【 BUH 】:パロディ、入れたかったんですか。

 

【冠 木】:いや、なんか、なんも考えてないです。
当時水江さん怖かったですけどね。

 

【 BUH 】:でも言うこと聞かなかったわけですね(笑)

 

【水 江】:姫田君は、OOIOOの曲使ってるなーと思ったのがきっかけ。その曲を使ってること自体が良いイメージが無かった。なぜなら別の映像作家の人が発表した作品でOOIOOの曲をつかっていた。へたにそういうことすると映像ありきでなくミュージックビデオをつくってるみたいになっちゃうんじゃないかと。
ただ、そのあと少し時間があいて卒業制作を見た時に、姫田君が既存曲ではなく自分で歌った曲を使っていて、「あーなるほど、自分で歌っちゃうんだ」と、おもしろく感じましたね。

 

【 BUH 】:水江さんからみておふたりを金沢の人たちに「こんな人です」って紹介するとしたら?

 

【水 江】:姫田くんと冠木さんは、すでにスタイルが確立しているので、ファンになる人も多いと思います。スタイルが確立しているというのは、次に作る作品も期待して待てる作家ってことだと思うのですが「次もぜったい満足させてくれるだろうな」って確実に思えるのは、この2人と….あとはタランティーノの映画だけですね。

 

【一 同】:すごい(笑)

 

【姫 田】:ぼくはまだ自分のスタイルが確立しているという意識は無いですね。自分が歌って、それにアニメーションをするっていうところくらい。他にもアニメーションがうまい人はどんどんでてきているので、自分は歌だけは続けとこうかなというのはありますが。

姫田真武「ようこそぼくです4」
 
 

【 BUH 】:歌やダンスミュージックのようなものはもともとお好きだったんでしょうか?

 

【姫 田】:「おかあさんといっしょ」が好きだったので、その中の曲を使いたかった。でも著作権とかややこしいな、と。それで自分で歌うかって感じで始めましたね

 

【 BUH 】:試行錯誤で、他の人に歌わせてみようとかもありましたか?

 

【姫 田】:いや、歌いたかったんですよね、僕が、単純に(笑)

 

「細胞の変態」

 

【 BUH 】:姫田さん、冠木さんから見て水江さんは?

 

【姫 田】:タマビの偉大なる先輩なんで、必ず授業で見せられるんですよ、「細胞の変態」っていう異名で。だからもう最初はその印象ですね、あ、細胞の人だっていう。


水江未来「JAM」

 

【姫 田】:あと、しゃべりが上手ですね、やっぱり(笑)卒業後も若いアニメーターたちに手を差し伸べてくれる人です。上映会に呼んでもらったりとか、仕事手伝わせてもらったりとか。

 

【 BUH 】:インディペンデントと依頼された仕事のバランスってどうなってます?

 

【水 江】:僕は最近は依頼していただいた仕事ばっかりやってますね(笑)アニメーションを始めて14年の間、自分の作品はいっぱい作ってきたので、これからは若手が生計を立てながら作品を作れるような場を、もうちょっと作れたらいいなと思っています。もちろんオリジナル作品も製作進行中ですけどね。

 

【 BUH 】:場作り大事ですよね。水江さんのような役割が各業界に1人は必要。たとえば、地域や地方でのコミュニティってあったりします?

 

【水 江】:東京以外だと、僕は京都の映像やアニメーション関係の方々と繋がりがあります。東京とはまた違う雰囲気での作家同士の繋がりがあり、とても楽しいですよ。

 

【 BUH 】:音楽も、クラブミュージックのシーンも大阪とか京都の人って団結してたりしますよね。東京は人がいっぱいいるから逆に、それぞれやるよりとか わざわざ友達とかと集まらなくても、企業とかプロデューサーがやるイベントとか一緒にやるからいいやとなるのかもしれないですね。

 

 

アフリカンダンスがヒントの動き

【 BUH 】:映像をつくる上でこれは勉強になる映画や他の人から学ぶことってあります?たとえばアニメーションの動きの勉強だったりとか。

 

【冠 木】:私は全然ないですね。自分で思いついてひたすらつくるのみです。実際の人間の動きをビデオで撮ったりとかもするんですけど、全然参考にならない。

 

【 BUH 】:新作「夏のゲロは冬の肴」もそうですか。

 

冠木佐和子「夏のゲロは冬の肴」

 

 

【姫 田】:あれよくて、10回くらいみちゃいましたよ。

 

【冠 木】:youtubeにアップしたばかりですけど、消されるかもしれない….。

 

【 BUH 】:過去にそんなことが?

 

【冠 木】:見た人から苦情がきて、youtubeから通達がきて消されたことがあります。ふざけるなって感じのことを伝えたら元に戻りましたけど(笑)

 

【 BUH 】:姫田さんの作品のダンスって自分で動きや振り付け考えているんですか?

 

【姫 田】:いや、ほとんどすでにあるものから抽出しています。たとえば、アフリカンダンスだったりコンテンポラリーダンスをまぜたり。もともと多摩美時代にジャンベ(アフリカの楽器)のサークルに入っていて、そこでアフリカンダンスをやっていたのです。
それで、この動きをそのままアニメーションにしたらおもしろいかな、と思い取り入れたのがきっかけですね。

 

【 BUH 】:ダンスとの出合いはダンス全体から入って、ヒップホップにいったりしてアフリカにいきついた感じでしょうか?

 

【姫 田】:いえいえ、ダンス自体大学までやったことが無くて、ジャンベから入ったんです。ってなんだか、ネタ明かしみたいになっちゃいますね(笑)

 

【 BUH 】:ダンス以外にも創作に役に立っているものとかってありますか?

 

【姫 田】:僕、大学時代からずっとNHKの「お母さんといっしょ」がすっごく好きなんですよ。もう。今はたくみお姉さんの卒業がなによりもホットトピックですね。たくみおねえさんの最後の放送も3回見て3回泣きました。たくみお姉さん8年間やってましたからね。

 

【 BUH 】:それは一歩引いて斜に構えておもしろく感じたのか、まっすぐキラキラを受け止めたのか…。

 

【姫 田】:真正面からなんです。素直に毎日楽しく見ていました。

 

【 BUH 】:そもそも姫田さんが美大に入ろうと思ったきっかけは?

 

【姫 田】:小さい頃からずっと絵はかいてたんで、そのままですね。

 

【 BUH 】:じゃあすくすくと育った?

 

【姫 田】:それがひねくれてたんです。

 

【冠 木】:窓ガラス割ったり。

 

【姫 田】:割ってない(笑)

 

【冠 木】:本人は否定しているけど、第三者はそう言ってるんですよ。

 

【 BUH 】:そんな冠木さんが美大に行こうと思ったきっかけは?

 

【冠 木】:えーっと、保育園の先生に…

 

【 BUH 】:早い!

 

【冠 木】:そう、保育園の先生に褒められたから。それまでは保育園のお絵描きの時間が嫌いだったんですけど、1回ちょっと試しにていねいに描いてやったらすごく褒められて、そこから調子にのって美大に入りましたね。

 

【 BUH 】:すごい勢い。

 

【冠 木】:勉強したく無いし運動できないし美術しか無いなって。

 

【 BUH 】:冠木さんの作品に多く登場する人の「裸」を描きはじめたのはいつ頃だったんですか?

 

【冠 木】:保育園です。

 

【 BUH 】:最初っから服着てない(笑)ちなみにどんな思春期を?

 

【冠 木】:思春期はまあ暗い思春期でした。みんな暗いですよね思春期って。学校行かないで蟻拾ったりしてました。

 

【水 江】:拾ってどうするの?

 

【冠 木】:拾って育ててました。NASAが開発したやつがちょうど発売されて。蟻のえさになるゼリー状のものに巣をつくると、外から巣の様子が見えるやつで。東急ハンズで買ったんですけど、育てて、巣ごと振ったらゼリーがぐちゃぐちゃで巣が壊れて死にました。

 

【一 同】:(沈黙)

 

【 BUH 】:姫田さんも冠木さんも暗い子ども時代を過ごしたことはよーくわかりました。水江さんはどんなお子さんだったんですか?

 

【水 江】:暗くはないけど臆病でしたよ。マンションの敷地内で年上の子供が何人かたまって話をしてると、避けてましたね。

 

【冠 木】:わかります、私もベランダにヤンキーがいましたから。

 

【水 江】:ベランダにヤンキー!?

 

【冠 木】:実家のベランダが結構広くて、よくヤンキーがたむろしてて。

 

【水 江】:1階ってこと?

 

【冠 木】:いや、14階です。

 

【一 同】:えっ!?

 

【冠 木】:踊り場のようなところとうちのベランダがつながっていたんですね。そこが広いので、よくたむろされてそれが怖かったです。

 

【 BUH 】:それは犯罪ですよね(笑)

 

出版したいという思いが映像の道へのきっかけ

【水 江】:そうそう、僕は荒井良二が好きで、荒井良二からお手紙もらったことありますよ。

 

【一 同】:すごい!

 

【水 江】:15年前、大学1年生の時に僕荒井良二がコンテストやってるイラストのコンペに出したことがあって、落選したんですよ。落選したんですけど、落選した人に対して何故だめだったのかっていうことを直筆でコメントされてたんです。内容は「自己完結していてつまらないです」って(笑)何個か送ってたんですけど、そのなかで何番目かのこの作品はちょっと面白くなるかもしれないですってのが書いてありましたね。
当時から(今の作風である)細かい絵を描いていて、それが自己完結だ、コミュニケーション取ろうとしてないっていう指摘だったんです。「ちょっとおもしろくなるかもしれない」と言われたのは、何かコミュニケーションをとろうとしている気がするから可能性があるってことだったようです。

 

【 BUH 】:水江さんは絵とか映像の道に進もうと思ったきっかけは何才までさかのぼりますか?

 

【水 江】:美大に入ろうと思ったのは、小学校の時から。途中で坂本龍馬が好きになって、小学校中学年の時には幕末専門の歴史学者になりたいと思っていた。みんな人生の転機って小学校中学年じゃないですか?クラブもずっと漫画クラブだったのが、スポーツクラブに新設されたゲートボールクラブにいったりとか。とはいえ、絵を描くことはやめなかった。1回坂本龍馬とゲートボールに離れたけれど、やっぱり絵が好きだと戻ったという。

 

【 BUH 】:ゲートボールがなぞですけど(笑)

 

【冠 木】:それでいうとわたしもその頃は宇宙飛行士と寿司職人と食品サンプル職人を目指してました(笑)

 

【水 江】:もともと10代の頃から細かく細密なものを描くのが好きで。美大受験でデッサンと平面構成っていうのがあるのですが、平面構成で細密に描いた時に評価が高くて、これウケるんだな~って思った。その時は細胞でなく、ちっちゃいパンダを大量に画面の中に敷き詰めるっていう。
ただ大学に入ってもひたすらデッサンの授業があってそれがすごくイヤだった。自分の好きなものいっぱい作るぞー!と思って入学して実際はデッサンという現実ですよ。それがイヤで大学に行かずに大学の最寄り駅のロッテリアでずっと細かい細胞の絵を描いてました。

 

【姫 田】:課題やらないと進級できないですけど。

 

【水 江】:描写力問われる課題や評価が低くなりそうな課題は全部やらなかった。負け戦はやらないって感じで。
そうそう、自画像って課題と、2人の肖像って課題があったんです。2人の設定は自由なんですけど、自分と父親とか。僕、自画像描いた時に横にスペースあけておいたんです。で、2人の自画像では空いたスペースにもう1人描きたした。

 

【一 同】:えーー!

 

【水 江】:省エネですよ、省エネ。で、先生に「ぼく、これみたことある気がするなあ」って(笑)
細胞については一度先生から「こんなの誰でもできる」って言われて悔しい思いをしたことはあります。

 

【 BUH 】:もともとは一枚絵で描いていた細胞を動かそうと思ったきっかけは?

 

【水 江】:2年生の時に僕が描いた絵を絵本にして売ったら100冊ほど完売したんです。じゃあ次は出版だ!って出版社に強い先生に見せにいったら、「おー!すげー!細かいなおもしろいなー」って、興味を持たれた。食いつきが良かったんで、次に出版社の名前出るんじゃないかと思っていたら、「これアニメーションにして動かしたら面白いな」と言われた。その先生が、僕のアニメーションの師匠の片山雅博先生だったんですね。

 

【一 同】:へ~!

 

【水 江】:「動かしてほしいなー、もうこれ動いて見えるなー」って、結局出版社は紹介してもらえず(笑)、しょうがないので動かし始めました。細胞が画面いっぱいんいニョロニョロと動くだけなんですけど、講評会で「おー!」って言ったんですよ、クラス全体が。
授業で「おー!」ってなるの珍しいんですね。

 

【一 同】:うんうん。

 

【水 江】:美大の学生ってピリピリしてて、ライバル心むき出しで、基本的に他の人の作品に「おー!」とか言わないので、その反応がすごくうれしかった。僕にとっての初めての観客ですよ。この経験は、自分が映画祭などにこだわって出品していくきっかけにもなりましたね。

 

【 BUH 】:ダイレクトな反応ってなかなかないですもんね。

 

【水 江】:ダイレクトな反応というと、この二人の海外の映画祭での受け方がおもしろかった。外国人なんてヒーヒーゲラゲラ笑って、どよめいちゃうのね、上映が終わった後

 

【冠 木】:あ~、逆に日本人冷たいなーと思いました(笑)

 

【 BUH 】:なるほど。では次回は、みなさんの選んでいただいた99冊の本のお話にうつります。
 
続編に続く
 
 
取材:Hotchkiss 鈴木麻友美/金子杏菜/上村真由
編集:Hotchkiss 鈴木麻友美